2018年7月13日金曜日

第95回編集会議(2018年7月13日)

開催日時:2018年7月13日(金)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ(マタイ5:33-37)

偽って誓ってはならい。ここでは「偽りの誓い」に限定された話のようになっているが、広い意味では「偽り」が課題になっている。「偽り」との関係で「誓い」についての話が展開されている。ある意味、話の脱線ともいえる。もともとは「偽りか、本当か」の話が、「誓っていいか、誓ってはならないか」の話になっている。

入国時、空港で何らかの宣誓を求められることがあるが、聖書に「誓ってはいけない」とあるので、できないと言う人もいる。また聖書に「先生と呼ばれてはならない」とあるので、いかなる人も先生と呼ばない人もいる。ある教会では、教会に火災保険をかけるか、かけないかで議論になった。「保険をかけるのは、教会が火災に遭う可能性があると思っているからで、それは不信仰ではないか」と主張する信徒がいた。その教会の牧師は信徒に、車にはスペアタイヤを積んでいるか尋ね、火災保険もそれと同じことだと説明し、説得することができた。また、無教会の人たちが学校法人を持っているが、「無教会の立場で学校法人を持つのか」と批判的な質問をする人もいる。土地を持つのはおかしいという意見。しかしそういう人たちも「ご自宅をお持ちですか」と質問されると、満足に答えられない。

ボンヘッファーの日誌の中から言葉を抜粋した本がある。その本で教えられたのは、今日の聖句についてこのように書かれていたこと。この箇所は、誓っていいか、誓ってはいけないかが焦点ではなく、論点はこうだ。「神に誓う、誓わないにかかわらず(「誓う」という儀式にとらわれず)、偽ってはいけないということ」。すらりとした文章で書かれていたが、非常に学ばされた。誓いという特別な言葉についてだけではなく、いつでも、どこでも発する日常の言葉が、真実でなければならないということ。日常の真実。私たちが、真実なる事実を報道することは、私たちの生き方に関わっていく。旗幟(きし)鮮明な、しかし柔軟な歩みをできれば。

(2)前回議事録確認
(3)アクセス報告
(4)取材スケジュール確認
(5)コラムについて