2019年1月1日火曜日

2019年 新年のごあいさつ

新年明けましておめでとうございます。旧年中も皆様方の温かいお励ましとご支援、ご加祷を賜り、厚く御礼申し上げます。

皆様方にご支援いただき、弊社は本年、創業17年を迎えます。スタッフ一同、福音宣教の前進のため、一層の祈りと努力とを怠らず、皆様方のご期待とご信頼にお応えしていきたいと願っております。

本年も、より一層のご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

2019年1月1日
株式会社クリスチャントゥデイ
スタッフ一同



2018年12月12日水曜日

第103回編集会議(2018年12月12日)

開催日時:2018年12月12日(水)13:40~15:00
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ

わたしは、忠実な兄弟と認めているシルワノによって、あなたがたにこのように短く手紙を書き、勧告をし、これこそ神のまことの恵みであることを証ししました。この恵みにしっかり踏みとどまりなさい。(1ペテロ5:12、新共同訳)

ペテロがこの手紙を書いた意図(目的)を示している箇所。聖書の中でも、普通の文章でも、著者が書いた意図について触れるのは、出てきそうで出てこないこと。著者がはっきりと意図を書いている場合は、その著者の意図に従って読んでいくことが、まずすべき読み方。

「勧めをする」とあるが、普通の言葉でいえば、説教をすること。この手紙は書き手からいえば説教。この手紙が説教であれば、その内容から初代教会のレベルの高さを感じる。

ペテロは、説教(メッセージ)そのものが神の真の恵みであると表現した。クリスチャントゥデイは何をしていくのか。「神の真の恵み」を証ししていく。

「主よ。地はあなたの恵みに満ちています」(詩編119:64)は、聖書全体が何であるかを表している大切な言葉だと思っている。主なる神様は良いお方であって、天、地、すべてはその恵みで満ちていると。

「恵みに満ちている」と確信しながら、どんな悲惨な中でも、どんな小さなことでも、神の恵みを証ししていくということが、私の理解する限り、クリスチャントゥデイが目指そうとしていることである。

本文ではさらに「この恵みにしっかり留まりなさい」とある。恵みを伝えるだけではなく、恵みに留まりなさい。つまり、それができていない、神の恵みを無駄にしている現実があると言っている。

神の恵みの故にどんな現実も、悲惨も堪えていくことができる。またそれが無駄にされていることに対する改革の思いも持っていく。ただ報道するのではなく、その報道する記事によって、人々が変えられていく。それを今後の大きな方針として考えている。

(2)前回議事録確認
(3)アクセス報告
(4)論説主幹としての役割について(宮村)
(5)クリスマス関係の寄稿
(6)新年の企画



2018年11月21日水曜日

第102回編集会議(2018年11月21日)

開催日時:2018年11月21日(水)13:50~15:10
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ

神は昔、預言者たちによって、多くの部分に分け、多くの方法で先祖たちに語られましたが、この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。神は御子を万物の相続者と定め、御子によって世界を造られました。(新改訳2017、ヘブル1:1-2)

1節の「神は昔、預言者たちによって、多くの部分に分け、多くの方法で先祖たちに語られました」は、どのようにして聖書が書かれたかを書いている。一度ですべてが書かれたというわけではない。神学校に入ってすぐ、機械霊感説は間違いだと言われた。聖書はいきなり天から降ってきたものではないと。しかし私は最初、そのように信じていた。これは弱みではるが強みだとも思っている。

そうした中で転機となったのが、この1節の御言葉。日本新約教団に関わったときも、また教会の現場でも、神学校教育においても、「一度にすべてではない」「一つ一つやっていくことに意味がある」としてきた。これは神様の業の特徴。

これまで、2代目、3代目というように何かの働きを継承する経験はほとんどなく、新しく始めるという機会が多かった。そうした中で「一歩踏み出す」ときの大きな支えとなったのが、この「一度にすべてではない」だった。

シュラッターというドイツの神学者がいる。ボンヘッファーの前の世代の人で、ボンヘッファーたちがヒットラーの問題について闘っていく1930年代にはすでに老年に達していた。著書『われらイエスを知るや』(佐伯晴朗訳、新教出版社)は、シュラッターが最後に書いたもの。日毎にイエスについて書いた非常に洞察の深い書だが、その中に「一度にすべてではない」と結び付くような「初めは小さく、構想は雄大に」という言葉がある。初めは小さく、一歩だが、全体の構想は持っているということ。

編集会議を100回続けてきたことは本当に感謝。だが、100回終わった後に何をするかが、私にとっては課題。どんなに長くても10年先までという命であれば、200回ではなく、101回、102回が大切。主は何を私に集中的にさせようとされているのか。

田頭真一先生から頂いた原稿のように、まとまったものを出したいと考えている。1冊の本になる可能性があるものを、今のキリスト教の出版社では出せないようなものを、クリスチャントゥデイで出せたというように。そしてクリスチャントゥデイで掲載したものが、印刷された紙の本となっていくことを願っている。

(2)前回議事録確認
(3)アクセス報告
(4)取材スケジュール確認
(5)クリスマス関係の寄稿・記事
(6)新年の企画


2018年11月7日水曜日

NYスタイルの社会貢献イベント「オレンジゴスペル」全国ツアー、7日福岡、11日神戸でフィナーレ!

各会場のエンディングは会場全員で「Don't Give Up」を合唱!

クリスチャントゥデイも後援させていただいている「オレンジゴスペル」全国ツアー。7日(水)の福岡、11日(日)の神戸でいよいよフィナーレを迎えます。

これまでの公式イベントは、新潟、東京、名古屋、静岡、大阪、秋田、いずれもチケットはすべて完売、満席だったそうです。オレンジゴスペル・プロデューサーの打木希瑶子さんから、メッセージが届きました。福岡、神戸についてはまだチケット残数があるということです。福岡、神戸近郊にお住まいの方は、ぜひお越しください!

初日の新潟は当日券が50枚以上出るという快挙。2時間かけて運転してきたという方もいて、子どもたちへの関心の高さを感じました。「子どもたちはすべて神様の子!どこの子とか、誰の子かとか関係ない!みんなで育てましょ!」と子育て従事者の孤立化をなくそうと「合唱のように子育て」のメッセージを続けています。虐待件数日本一の大阪では300名も集まり、当日券を発行できないのではないかと心配になるほどでした。

出演者はすべてオレンジゴスペルの趣旨に賛同した人たちによる友情出演。コメディアンの中川パラダイスさん、シンガーソングライターの木下航志さん、韓国の人気歌手カン・ハニさんなどが出演した会場もあり、各地のローカル・アーティストたちのステージを盛り上げてくれました。コンサートの合間に行われるトークショーでは、私の単独講演や対談などが行われています。

参議院議員の吉良(きら)よし子さんとの対談

東京では、現役ママさんで国会議員の吉良よし子さんと対談。国会議員としてではなく、一人のママさんとしての悩みや不安などを打ち明け、「教会に来たことは初めての経験でしたが、来て良かった。とても温かい場所」と終演後語り、イベント最後まで楽しみ、来場者とも交流しておられました。

来日したアンドレアさんは、流石に全米ゴスペルチャート13位の歌声。背もモデルさんのように高くて、靴をはくと180センチほどあるでしょうか。とても美人です!

「God Can」という歌を各所で歌っていますが、「人間のできることには限界があるけど、神様にはない。私たちができないと思っていることでも、神様にはできる!」とシンプルなメッセージで、とても日本人にも分かりやすいです。「私は日本語は分からないし、上手なスピーカーではないけど、各所1人でも良い。私の歌から皆さんが何かを感じて Jesus を知るきっかけができてほしい」というつもりで歌っておられるとのことです。

来日中のアンドレア・マクラーキン・メリニさん

神戸はフィナーレですので、日本や海外で神様への奉納舞をされている「やまと舞」の特別出演もあります。日本の舞とゴスペルのコラボレーションをします。最終日ということもあり、何らかのサプライズもあるかもしれません。すでに他県からも「もう一度アンドレアさんの歌を聞きたい」と来る方もいると聞いています。

来場者からはさまざまな声が届いているそうです。

  • 家庭内のDVをカミングアウトした人
  • 最初から最後まで涙が止まらなかったという人
  • 子育ての不安が吹っ飛んだという人
  • お節介な人間になって他人の子どもたちにも関心を持ちたいと思った人
  • 聖書の中身が気になったという人 etc

公式イベント以外にも、10日(土)には、午後2時から4時半まで、広島の基町クレド・パセーラ1Fで、オレンジゴスペルのPRイベントが行われます。

5日には、神戸新聞にも取り上げられたことで、Yahoo! ニュースにも掲載されたそうです!

※ 写真はすべて、10月26日に日本基督教団赤坂教会(東京都港区)で開催された東京の公式イベントで。写真は、森健次さん撮影。

福岡会場のチラシ(拡大

神戸会場のチラシ(拡大


2018年10月31日水曜日

第101回編集会議(2018年10月31日)

開催日時:2018年10月31日(水)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。(新改訳2017、ローマ8:28)

神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。(新共同訳、同)

私が最初に読んだ聖書は文語訳聖書だった。文語訳聖書を読んだのは1年か2年ほどだったが、この本文の記憶がよく残っている。『平気でうそをつく人たち』を読んだが、一言で言えば「何でもあり」。これまでも、この人がなぜこんなこと(うそ)を言うのか、という経験をしてきた。

「すべてのこと」とは、つまりこの世では、何でもあり得る、起こり得るということ。その一番の表れはうそだといえる。悪はあらゆることを悪用する。それがうそ。サタンはうそつきで、悪人は神のすべての善を悪用しようとする。しかし、それに対して善(神)は、悪人の悪までも使われ、善用される。マイナスとマイナスをかけるとプラスになる。負けたように見えることによって、勝利していく。

そういう意味で、「万事が益となる」の「万事」とは、うその現実、偽りの現実の中で克服していくことではないか。それがパウロ、また聖書全体が言っていることではないか。

この本文は、さまざまな事柄自体が自分にとって都合が良くなる、というような運命論(宿命論)的に聞こえるかもしれないが、非常に悪質な、うそをつくサタンの仕業がある。「神様は生きているのに、(この悪に対して)何もしないであろうか」とよく言われる。そして「いや、最後には裁かれる」とよく言われる。

しかし、平気でうそをつくこと自体がすでに裁きとなっている。裁きとは、どぎついことではなく、神様が放置することが一番の裁き。目に見える裁き以上に怖いのが放置すること。親が子を見放してしまうことのように。うそをついていること、それが神様から放置されている状態といえる。さらに深い悪の実態が許されているように見えることは、神様が「やがて」ではなく、それを放置されているということで、「今」裁いておられること。

神様の支配を実感して、ある場所に留まって、涙と汗をもって労していく。それが神の国に仕えていくこと。そういう意味で、101回を迎えたこの編集会議も、次回の102回もまたそれ以降も意味深いもの。

(2)前回議事録確認
(3)取材スケジュール確認