2018年8月11日土曜日

アクセス障害のお知らせ

2018年8月11日午前11時10分ごろから11時58分ごろまで、クリスチャントゥデイ(https://www.christiantoday.co.jp)にアクセスできない状態が続きました。サイトはすでに復旧しております。読者の皆様には、ご迷惑おかけしましたことをお詫び申し上げます。



2018年7月28日土曜日

「サーターアンダーギー」と「みそ入りピー糖」

送られてきた「サーターアンダーギー」と「みそ入りピー糖」

昨日(7月27日)は、月2回の編集会議がありました。その編集会議に合わせるように、宮村武夫先生(編集長)のお知り合いの方から、「サーターアンダーギー」と「みそ入りピー糖」という、沖縄のお菓子が届きました。

サーターアンダーギーは、沖縄・首里の方言の名前で、サーター(砂糖)、アンダ(油)、アギ(揚げ)、つまり、砂糖が入った生地を揚げたもの、丸いドーナッツのようなお菓子です。沖縄に25年いた宮村先生によると、きれに丸く膨らませるには、それなりにコツがいるとのこと。

みそ入りピー糖は、伊江島お馴染みのお菓子で、ピーナッツをみそ味の黒糖でコーティング。一度、食べ始めるとなかなか手が止まらない味です。送ってくださった方に感謝!

さて、昨日からちょうど、沖縄発の新規連載「月桃通信」が始まりました。辺野古の新基地建設中止を求めて座り込みを続けている無教会の石原艶子さんによる連載です。宮村先生が沖縄に行かれる前からのお知り合いで、関係者向けに発信されている情報を使わせていただくかたちでスタートできました。写真は、沖縄で30年近く活動しているプロの写真家、山本英夫さんにご協力をいただきました。

連載名にある「月桃」は、熱帯から亜熱帯地域に分布する多年草です。日本では沖縄や九州南部で見られ、厚みのある大きな白い花を咲かせます。石原さんから送られてくる原稿には、この白い花のイラストがあしらわれています。

月桃の花(写真:Cary Bass)

沖縄関係ではこのほか、オリブ山病院(那覇市)の田頭真一理事長による「8泊10日世界一周の旅」が連載中で、また沖縄在住の山崎純二さんによる新規連載「21世紀の神学」も始まったばかりです。

8月には、沖縄とは直接関係がありませんが、また別のテーマの新規連載が始まる予定です。お楽しみに!


2018年7月27日金曜日

第96回編集会議(2018年7月27日)

開催日時:2018年7月27日(金)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ(詩編1:2-3)

水が供給される場所に植えられた木について述べられている。場所が重要。適切な場所に植えられるとき、時が来ると実を結ぶことができる。「時」と「場所」の2つが書かれている。歴史を話すとき、「時」だけではなく「場所」を見ることも重要。その両方があって初めて歴史がある。その場所で10年前、100年前どうだったのか。「歴史地理」という考え。歴史と地理が重なっている。

新約聖書においても、このような「時」と「場所」、「歴史」と「地理」の交差する箇所がある。たとえば、サマリヤの女が井戸のそばでイエスと対話する場面(ヨハネ福音書4章)。その井戸は、自分たちの先祖ヤコブが掘った井戸だった。サマリヤという地域とヤコブの歴史が結び付く。物理的な場所に、ある事柄があることで人々を引き付け、歴史を形成していく。

クリスチャントゥデイがいろいろな「リンク」を張っていく上で、「誰(どこ)とリンクするか」を考えることに加え、歴史をなす事柄を考えていくべきではないか。そのための一つのツールとして、ファクトチェックが有効ではないかと考える。ファクトチェックという事柄、その一つの手法に人を集める力があり、実を結んでいく可能性があるのではないか。

詩編1章2〜3節から突然、ファクトチェックの話になると、違和感を覚えるかもしれないが、すこし説明したい。私は、ファクトチェックという言葉自体を知らなかったが、ある面から見ると初めてだが、ある面から見るとすでに深い関わりがあった。

聖書解釈学を教え続ける中で、学生に紹介し続けてきたのが木下是雄著『理科系の作文技術』。この本では「事実」と「意見」の明確な区別が強調されている。この2つは、理科系の人も混同することがある。

ビリー・グラハムがメッセージを伝えるとき、「The Bible says 〜(聖書は〜と語る)」と言った。「I think 〜(〜と思います)」とは言わない。聖書に書かれたことを事実として伝えたのであって、自分の意見を伝えたのではない。聖書を読む上でも、何が事実で、何が意見(解釈)なのか、まずはそれを自覚し、実践していくことが重要。

ファクトチェックは、報道される情報が事実に基づいたものかを確認することであり、それほど難しい作業ではないという。書評の対象が本であるように、ファクトチェックの対象は記事。直接の取材も必要ない。リンクを張る上で、ファクトチェックという手法を一つのとっかかりにできれば。

(2)前回議事録確認
(3)取材スケジュール確認
(4)コラム進捗確認
(5)終戦関係


2018年7月13日金曜日

第95回編集会議(2018年7月13日)

開催日時:2018年7月13日(金)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ(マタイ5:33-37)

偽って誓ってはならい。ここでは「偽りの誓い」に限定された話のようになっているが、広い意味では「偽り」が課題になっている。「偽り」との関係で「誓い」についての話が展開されている。ある意味、話の脱線ともいえる。もともとは「偽りか、本当か」の話が、「誓っていいか、誓ってはならないか」の話になっている。

入国時、空港で何らかの宣誓を求められることがあるが、聖書に「誓ってはいけない」とあるので、できないと言う人もいる。また聖書に「先生と呼ばれてはならない」とあるので、いかなる人も先生と呼ばない人もいる。ある教会では、教会に火災保険をかけるか、かけないかで議論になった。「保険をかけるのは、教会が火災に遭う可能性があると思っているからで、それは不信仰ではないか」と主張する信徒がいた。その教会の牧師は信徒に、車にはスペアタイヤを積んでいるか尋ね、火災保険もそれと同じことだと説明し、説得することができた。また、無教会の人たちが学校法人を持っているが、「無教会の立場で学校法人を持つのか」と批判的な質問をする人もいる。土地を持つのはおかしいという意見。しかしそういう人たちも「ご自宅をお持ちですか」と質問されると、満足に答えられない。

ボンヘッファーの日誌の中から言葉を抜粋した本がある。その本で教えられたのは、今日の聖句についてこのように書かれていたこと。この箇所は、誓っていいか、誓ってはいけないかが焦点ではなく、論点はこうだ。「神に誓う、誓わないにかかわらず(「誓う」という儀式にとらわれず)、偽ってはいけないということ」。すらりとした文章で書かれていたが、非常に学ばされた。誓いという特別な言葉についてだけではなく、いつでも、どこでも発する日常の言葉が、真実でなければならないということ。日常の真実。私たちが、真実なる事実を報道することは、私たちの生き方に関わっていく。旗幟(きし)鮮明な、しかし柔軟な歩みをできれば。

(2)前回議事録確認
(3)アクセス報告
(4)取材スケジュール確認
(5)コラムについて


2018年6月21日木曜日

第94回編集会議(2018年6月21日)

開催日時:2018年6月21日(木)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ(ヨシュア3:1-3)

新改訳2017では「三日後」。新改訳第3版や新共同訳では「三日たってから」。「三日たってから」の方が時の流れを感じる。数字を大切に見てきた。聖書には時が流れている。創造の7日。一度にではなく7日かけて。荒野の40年。40年間、不平不満を言い、心をかたくなにした結果、せっかくエジプトを出たのに第一世代は砂漠に屍をさらした。何より、モーセ自身が約束の地に入らない。ヨシュアは若く、モーセの従者。本文は、新しい指導者として立てられたヨシュアが、モーセさえできなかった役割をいよいよ果たして、民が約束の地を目指し、出エジプトの際の紅海と対応して旅の終わりにヨルダン川を渡っていく。それがいよいよ実行されていくのが3章、その転換期に当たる。

しかし準備が備わり、すぐに出発すればよいのに「三日たってから」。ヨシュアは3日の間、何を考えたか。時の経過、これは非常に重要。創世記25章で、アブラハムの子イサクが、子どものできない自分の妻のために祈る。イサクはアブラハムに比べれば地味な存在。ところがこの点では、自分の一人の妻リベカのために20年近く祈る。

聖書の中にある時の流れ。イサクの祈った20年の時の流れは、私たちの時の流れと異質ではなく、まったく同じ。それは、聖書の読み方において非常に重要。ヨナも魚の腹の中で3日を過ごした。私たちにとっての3日とまったく同じ実存としての3日間、ヨナは魚の腹の中で祈った。

詩篇31:15「私の時は、御手の中にあります」。時というものは御手の中にある。神の手は非常に細かく、力強い。私たちにとって時とは、無人格的なものでなく、まさに天と地を創られた神様が創られたものとしての時。クリスチャントゥデイの歩みを主が導いておられるとは何か。「三日たって」という時の経過。昨年からの一連の流れ、特に2月から3月の時、そして4月、5月があった。そして6月の前半、後半。新しい執筆者が一人また一人と現れている。年を重ねて確信がますます強くなる。6月前半と後半、2018年の前半と後半、年度で捉えると1月から3月。時というのは、単にスケジュールの意味だけでなく、時を数える知恵がある。寝かしておくことも大切で、時を経過させるときに発酵する。

発明型の祈りか、発見型の祈りか。調味料を振りかけるように最後に祝福を祈る歩みに対して、発見する祈り。それは、金塊を発見する砂金採りに近い。岩があっても砂があっても、その中から主の金塊を見いだしていく。月2回の編集会議も、会議と会議の間の時の流れの中で、まさに主の御手の中で発酵していく。その働きを私たちが感じるということは非常に重要なこと。リンクを張っていくとは、立場が違っても、主の御手の中で時を覚えるのと同じく、深い信頼をもって共労していくこと。

(2)前回議事録確認
(3)取材スケジュール確認
(4)寄稿者・コラムニスト候補確認