開催場所:岩本町事務所
(1)宮村師メッセージ
彼らは、自分たちのためではなく、あなたがたのために奉仕しているのだという啓示を受けました。そして彼らが調べたことが今や、天から遣わされた聖霊により福音を語った人々を通して、あながたに告げ知らされたのです。御使いたちもそれをはっきり見たいと願っています。(1ペテロ1:12、新改訳2017)
「あなたがた」とあるが、あなたがたとは誰か。もちろん当時、手紙を受け取った2千年前の最初の読み手だが、今、聖書を読んでいる私たちも。
イザヤやエレミヤなど、過去の人たち(彼ら)が、あなたがたのため(私たちのため)に奉仕している。どのように? 今は、過去の人たちが自分たちのために奉仕してくださった、備えてくださったという時に流れにある。
「今」というのは、漢字一字で書けるが、「今」にさらに別の言葉を付けると、多様な考察ができる。40代で沖縄に行ったとき、「沖縄に生まれていないのに、沖縄のことをできるのか」と考えた。「私、宮村武夫はできないことがある。沖縄に生まれたわけではない」と。しかし、「私『に』はできない」「私『に』もできる」「私『に』しかできない」と、「私」に「に」を付けて考えると、「沖縄に生まれていない私『に』しかできないこと」を考えるようになった。
同じく「今」についても、「は」を付けて考えた。「今『は』できない」「今『は』できる」と。さらに「今『は』○○できないが、今『でも』△△できる」、また「今『しか』□□できない」と考えられる。
時は神様の恵みだが、これを受け取るときに一面的にではなく、多面的に捉える。「今」といっても主の時ではない時がある。「今」といっても、それが「備えの時」や、賞味期限が切れたような「時を逃してしまった」と言える時がある。
クリスチャントゥデイでこの1年間守られてきて、今最後の時を考えると、「今『は』できない」とできないことを認める謙虚さの必要を覚える。できないことをできると錯覚したり、虚栄心からできているふりをしたりしてはいけない。また「今『は』できない」とがっかりしない。
それよりも「今『しか』できない」ことを、明確に捉えていくセンスが大切。できないことを謙虚に認め、また「今はできない」ということを言い訳にしないことは大切だが、「今『しか』できないこと」を捉えていく。
「御使いたちもそれをはっきり見たいと願っています」。クリスチャントゥデイにおいて行われている神様の恵みは、天使たちも見たいと願っていること。御使いたちが見たいと願うようなことを、今、私たちの中に与えてくださっている。
2019年はどういう時になるのか。私は、2019年1月21日には80歳になる。時の豊かさを、私たちの関わるすべての人、また読者に持ってほしい。
(2)前回議事録確認
(3)取材スケジュール確認
(4)新年の企画について