2017年11月20日月曜日

見失った1匹を見つけ出すまで 矢田喬大

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私は1984年、三重県四日市に、3人きょうだいの末っ子として生まれました。実家は浄土真宗で、親類縁者にクリスチャンは1人もおらず、キリスト教とはまったく無縁の環境に育ちました。私自身も中学と高校の6年間、仏教系の学校で学びました。

その後、関東の大学に進学でき、あこがれの一人暮らしも始まりました。そこでクリスチャンの先輩と知り合い、先輩の通う長老系の教会に一緒に通うようになりました。ただ、神様に触れていただくまで、クリスチャンになることには強い抵抗感を持っていました。

大学3年生の夏休み、先輩の紹介で米国のクリスチャンホームにホームステイした時のことです。教会の祈りの集会に参加した時、数人のグループに分かれて祈る中で、私のために祈ってもらう時間がありました。私も一緒に目を閉じました。その時です。心の中にとても熱い何かが入ってきて、その瞬間に私の中で大きな変化が起こりました。

「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう」(ルカ15:4~6)

それまで何度も読んだことがある「見失った羊」のたとえが、この時、なぜか心に強く響いてきました。そして、羊飼いが99匹を見捨てても、必死になって捜すその1匹が自分なんだと気付きました。その瞬間、神様の深い愛が私の心の中になだれのように一気に入ってきたのです。

同時に、私が生まれてからずっと、このような深い愛が注がれ続けていたことも分かりました。それにもかかわらず、長い間ずっとこの神様の愛を無視し続けて生きてきたことを、本当に申し訳なく思う気持ちも湧き上がってきました。

「神様、本当にごめんなさい。こんなに神様が愛してくださっていたのに、今まで気付くことができませんでした。本当にごめんなさい」と涙で祈りました。これが私とイエス様との出会いの瞬間です。

それまでは、とりあえずいい大学に入り、いい職について、人生の後半は楽をしたいと思っていました。何よりお金があれば人生はすべてうまくいくと信じていました。でも、そのようなちっぽけな考えは、イエス様に出会って大きく変わりました。この若さを、まず神様のためにおささげしたい。この喜びを1人でも多くの人に伝えたいという思いが、心の底から湧き上がってきました。

こうして2005年の夏、私は信仰の決心に導かれ、現地の長老系の教会で洗礼を受けました。そして帰国後、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会に通うようになり、同じ年のクリスマス、転会をして、現在は最年少の役員として教会に仕えています。

また、帰国した直後から、このクリスチャントゥデイの働きに在学中から関わるようになりました。そして、2011年から初代の働きを引き継いで、社長を務めています。

また、2009年に結婚し、3人の子どもにも恵まれました。長女の安奈は6歳、次女の尚実は3歳、長男の聖文は1歳になります。

安奈は小耳病といって、右耳が未形成の状態で生まれました。どうにか耳が聞こえるようにと必死で祈りながら診察を受ける中で、どうやら聴力は正常だと分かり、神様に感謝しました。耳の手術は、体の成長が終わる中学生ごろを予定しています。女の子なので、耳の形を気にすることが多いと思いますが、日曜学校の先生や友達からたくさんの愛を受けて元気な子に育っています。

尚実は、出産前に肺に腫瘍(しゅよう)があることが分かりました。シーカム(CCAM、先天性嚢胞状腺腫様形成異常)という症状で、最悪の場合、出産時に腫瘍が膨張し、心臓や肺を圧迫して非常に危険な状態になるとのことでした。しかし、教会の多くの方が祈ってくださり、神様が完全に癒やしてくださったのです。MRIの結果、肺にまったく腫瘍が確認されず、きれいな状態でした。そうして、無事に出産することができました。

出産後、肺の一部に新たな腫瘍が確認され、昨年12月、肺の4分の1を摘出する大手術が行われましたが、神様の恵みによって大成功に終わりました。術後の経過も順調で、今も元気にすくすくと育っています。

神を信じる者に与えられる患難は、忍耐と練られた品性を生み出し、神の約束に確かな希望を見いだし、最後まで神に拠り頼む者とされるため、また、神からのより深い慰めを受けるためであることを教えられています。小さく取るに足りない土の器ではありますが、この文書伝道の働きを通して1人の魂が救いに導かれることをいつも祈りながら、主が見せてくださった同じ道を最後まで歩ませていただきたいと願っています。